産学連携による教育研究の成果を社会実装し、その利益を教育研究に還流できる仕組み作りを

三島良直 上席特別教授(東京工業大学名誉教授・前学長)

国立大学の果たすべき役割として、卓越した人材・研究成果を社会に供給して価値を創造し、持続可能な開発目標(SDGs)、社会課題解決への貢献を行うことによって、社会全体からの信頼と評価を獲得し、公的資金による教育研究活動の高度活性化を図っていくことが挙げられます。現状、大学の教育研究活動のうち、研究外部資金を獲得することで行われている部分については、大学の経営に資するような自己収入にはほとんどなりません。つまり、産学連携を行えば行うほど、持ち出しになる可能性があります。

三島良直上席特別教授

そこで、国立大学における産学連携のあるべき姿を考える上で、次のステップとして、産学連携あるいは大学自体が教育研究を通じて社会貢献をしていくというような、新たなサイクルを考えなければなりません。産学連携による教育研究活動を推進するためには、教育研究の成果を社会実装するという企業の期待に応え、信頼を得ることで、合理的根拠に基づく研究費を企業から獲得し、さらには、産学連携によって得られた資金を教育研究基盤へ還流していけるような仕組みを作り上げる必要があると考えています。

そのため、東京工業大学では、産学連携の運営方法を平成29年以降大きく変更し、役員会の下に戦略統括会議を設置しました。それまでの大学の研究基盤である産学連携と公的資金の獲得が別々に行われていましたが、戦略統括会議の直下に研究産学連携本部を置くことで、公的資金による研究と企業との産学連携を一体化しました。

この産学連携本部と連携するのが、企業出身の研究者などで構成されるユニバーシティリサーチアドミニストレーター(URA)です。このURAに東工大全体を俯瞰してみていただき、研究の強みや可能性を見極めていただくと共に、研究費の申請など産学連携における手続きや学外へ向けた研究力のPRを行っていただいています。また、東工大では学内の研究者の活動を紹介し、他からの興味を惹きつけ、プロポーザルへと変えていくことを目的に「リサーチマップ」を作成しました。また、大田区をはじめとし、川崎、横浜といった地元の企業・産業との連携を深めています。

民間企業との共同研究費や、企業からの受託研究費の規模はまだまだ小さく、多くが個人研究者ベースのため、これをいかに組織化していくことが大きな課題となっています。そこで、共同研究講座を整備し、3年間で1億円以上の研究費を増やしてきました。この共同研究講座には、博士人材の育成を産学連携のなかで行えるというメリットもあります。博士人材がもっと産業界で活躍しなければいけないと言われて久しいのですが、共同研究講座で企業と研究を進めることで、企業の研究スタイルを体感でき、それが就職に有利に働くと考えています。このように企業で即戦力として活躍できる博士人材の輩出も企業志向の学生たちにとってはとても重要です。もう一つ学内に生まれたのが、大型研究の際、教育への貢献も考慮するといったスキームです。例えば、野村総研との大型共同研究においてはサイバーセキュリティの学習プログラムをコアカリキュラムとして設置したところ、多くの学生が関心を持つ大変人気な科目となりました。

企業には内部留保金が400兆円あり、これを大学の研究のために拠出してほしいという期待がありますが、そのためには、企業に十分なインセンティブがもたらされるような共同研究のストーリーを作ることができなければうまくいかないでしょう。企業が負担する経費には、直接経費と間接経費があります。直接経費は、実際に研究にかかる装置や人件費、旅費などと明確ですが、間接経費は直接経費の30%など、一定の比率で定められています。これでは企業は納得できません。そこで、こうした経費の考え方を企業と話し合い、新たな仕組みを作ることが必要になります。

さらに社会との連携を強化するための組織を学外に作ろうと考えています。ここでは、競争共同領域の管理運営、コンサルティングプロジェクトの実施、大型設備利用によるコンサルティングの実施、ベンチャーの立ち上げなどを行います。また、国内の共同研究にとどまらず、世界を視野に入れ、できる限り東工大が強みをアピールして、研究や教育をさらに高めていくための仲間を増やしていくネットワークを増やしていくことも非常に重要なことだと考えています。

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