第3回横国イブニングセミナー「台風列島で社会や生活をどのようにして守るか~台風学×リスク共生学の夕べ~」実施報告
2019年12月4日(水)、WeWorkみなとみらいオーシャンゲートで、横国イブニングセミナーvol.3「台風列島で社会や生活をどのようにして守るか~台風学×リスク共生学の夕べ~」が開催されました。 第3回目となる今回のセミナーは、本学成長戦略研究センターがオープンな対話の場として開催している「みなとみらい産官学ラウンドテーブル(第40回目)」とのコラボ企画としました。当日は学内外から55名が参加し、過去2回を上回る盛況な会となりました。 冒頭、本セミナーの総合司会である成長戦略研究センターの為近恵美教授から本企画の経緯と、テーマ説明、そして登壇者の紹介が行われました。 今回の一人目の講演者は、台風を始めとする気象学の専門家である、横浜国立大学教育学部筆保弘徳准教授が務めました。また、二人目の講演者としては、自然災害のもたらす経済的な損失に関し、経済学者の立場で本学の長谷部勇一学長が話題提供を行いました。 気象学と経済学という全く異なる専門分野から示される自然災害がもたらす多様なリスクに対し、どう向き合い、どのように対応するべきかを解きほぐすには、本学が提唱し、先端科学高等研究院(以下I A S)を中心に新しい学問分野として確立を目指している、「リスク共生学」の考え方が有効です。 リスク共生の視点から、この複雑な課題克服への道を誘うコーディネーター役をI A Sリスク共生社会創造センターの澁谷忠弘教授が務めました。
過去100年間の台風から分かったこと
筆保准教授は、2019年度に立て続けて上陸した2つの大きな台風(15号と19号)の威力や特徴の違いについて本学の被害状況を写真に示しながら話を始めました。 その上で60年前の伊勢湾台風に代表される過去の自然災害による被害の歴史を俯瞰し、人命に関わる被害が様々な防災の努力で減少してきている一方で、2018年度の台風や水害に代表される様に経済的被害は東日本大震災時を凌ぐ規模になっていることを示しました。 そして独自の研究結果から、日本において過去100年間の台風上陸数に大きな変化はないが、上陸する台風の勢力は強まっている事実などを示しました。
この様に勢力を強めている台風への対応としては、地震発生時の津波予想の手法を模し、数千パターンもの仮想的な台風による風の被害をシミュレーションにより計算した結果をデータベース化し、作成した世界初の台風ハザードマップを紹介しました。 また、企業と共同して開発した、手軽に自分の住むエリアの被害状況を無料で確認できるスマホサイト(ライフレンジャー)も紹介され、会場では早速サイトを確認する参加者の姿も見られました。
さらに、別の共同研究成果として、膨大な建物のデータや航空写真画像に対するAI処理を行い、様々な経路、威力の台風が通過した場合の建物被害を予測出来るWebサイト(cmap.dev)も紹介されました。 cmap.devを用いることで、もしも伊勢湾台風が現代の首都圏に上陸したらどの場所にどの程度の建物被害が出るかなどを細かく予測することができます。 例として神奈川県の建物被害が最大化する台風の経路なども示され、研究成果の実用性が示されました。質疑応答では、近年、上陸する台風の勢力拡大に対する地球温暖化の影響や、世界中で同様な台風ハザードマップが出来れば、台風の発生を予め予測出来るようになるのではという、夢の未来に思いを馳せる議論もありました。
自然災害がもたらす経済的被害とは
2つめの話題は、長谷部学長がリスク共生の考え方や、自然災害が起きたときの間接的な経済的な被害について紹介しました。 まず、リスク共生学を①リスク対応は事前に考える、②ゼロリスクではなく、リスクを総合的に捉え、許容リスクを考える、③社会の豊さの追求には一定のリスクを受けざるを得ないと考える、④多様なリスクには関連性がある。どのリスクを受容するかの選択を考える、という4つのポイントで説明しました。
このリスク共生学を、本学が目指す文理融合の知を結集し、確立することを掲げ、先端科学高等研究院(IAS)を5年前に立ち上げたことにも改めて触れました。 経済と災害の関連性については、市場を通じた資源の最適配分という経済の基本を確認しつつ、人間社会の変遷を俯瞰し、家族内での互酬、相続の仕組みから封建制社会での資源再配分、さらに資源の個人所有を前提とした交換市場経済の発展、民主主義発展への要素になったことなどの歴史を振り返りました。 その上で、経済活動に必要な公共財を含む概念や、環境に及ぼす影響などを盛り込む環境経済学、さらに近年提唱された災害経済学について触れました。具体的には地震などの大災害が起きると、直接的な被害に加え、間接的にはどのような産業分野への影響があるかについて、産業連関表を用いた分析による算出例を紹介しました。 また、災害によりサプライチェーンに問題が生じた際、供給が最悪な部分に全体が支配される現象が示されました。それらを踏まえ、防災、減災として注力するポイントを明確化したり、見積もられた被害額から事前の投資額を判断できることを示しました。 最後に、台風や水害をリスク共生の視点から考える例として、信濃川の大河津分水による洪水被害を防ぐ施策が、その後遺症として新潟海岸侵食を招いた話などが紹介されました。このような事例を通し、いろいろな対策のリスクをトータルに考えて、リスクの最適な水準を決めることの大切さを改めて強調しました。
リスク共生の視点で考える台風との向き合い方
2つの話題提供後、澁谷教授がコーディネータ役となり、リスク共生の考え方で台風とどう付き合うかについて、パネル討論を行いました。大きく三つの論点で議論が進みました。 1点目は、地震と違い、台風はある程度来る時期や頻度が予測できる災害だが、経済的な損失は上昇傾向にあり、どう付き合うべきかが議論されました。 それぞれの登壇者から改めて台風被害が大きくなる背景が示された後、会場からはものづくりの生産性を追求するグローバルな分業が、災害時の生産停止リスクを増大化させているというジレンマに、どう対応すべきかという問いが投げかけられました。 これに対して、長谷部学長から産業連関表を活用した詳細なリスク分析を行い、コストに織り込んで、海外進出すべきかなどの判断を行う必要性が述べられました。 さらに、災害に対してどの程度の適正な対策コストを掛けるべきかなどに対しても、長谷部学長がエビデンスベースの議論や施策を考える、E B P M(Evidence-based Policy Making)の様な考え方の重要性を指摘しました。
2つ目の論点では、命を守る事は第一として、その後の生活や産業の再建も考えた場合、私たちは普段からどのように台風と付き合うべきかを議論しました。教育学部の筆保准教授は、気象分野などを含む地学の知識をもっときちんと子供たちに教えることの大切さに触れました。 また、長谷部学長からは、過去本学で行われた、相模川流域圏の総合的研究事例から、川に豊かな水をもたらす森林の整備と一緒に施策を考えることで、森が守られ美味しい水が確保された事例を挙げ、流域圏と広く捉える事で、都市だけでなく、地域を含めた治水政策や都市計画の必要性を指摘されました。 その後、会場の本学学生から、今回の議論におけるリスクの定義を再確認する質問が投げ掛けられ、登壇者の立場からの回答の後に、本学リスク共生社会創造センター長の野口教授がリスクを被害に対する経済的な金額だけで示すことの課題が示されました。リスクを被る社会が都市か地方かでもインパクトの大きさや回復力が異なる事が挙げられ、災害のリスク学には、現象学と同時に社会の研究の重要性が述べられました。 三つ目の論点は、科学技術による社会の高度化がリスクをどう変えて来たかが議論されました。筆保准教授からは、科学技術の発展により、台風への理解が進み、人命を救ういろいろな対策が進んできた上で、分野を横断した研究者が連携して次は経済的なリスク低減に向けた検討が行われている状況が述べられました。現在できることはいろいろなリスクの情報を提供し、自治体や個人がそれぞれ判断できるようにしている事が述べられました。 長谷部学長からは、改めてゼロリスクの選択が現実的にはないことや、社会がゼロリスクと思い込むことで新たなリスクを生んでいる可能性が指摘されました。ハードとソフトの視点からは、ハードで防げないことをいかにソフトでカバーするか、技術への過信が人間の対応力を減じないよう、普段からの危機に対する意識を維持することが大切であることを示しました。
会場交えた議論は地震のような台風アラートの可能性や、想定外の災害への対応などに発展しました。 その後、会場交えた議論は地震のような台風アラートの可能性や、想定外の災害への対応などに発展しました。リスク共生の視点で、野口教授からは、安全の確保を効率化してはいけないということや、リスクの数値的な分析、評価ができないことは想定しないという技術者的なロジックではなく、何が起こると困るか、どうしたいのかというマネージャーの意志や想像力があれば、ほとんどの想定外はなくなるというコメントがありました。 セミナーを締めくくる質問として、人材の重要性が議論されたが、横浜国大はどのような教育の取り組みをしているのかという問いかけがあり、各登壇者から以下のような答えがありました。 筆保准教授からは、先生を目指す教育学部の学生には災害時に自分の命だけでなく、教え子の命を守って欲しいこと、いろいろなケースが起きても対応できるように、どのように行動すべきかを徹底的に教えていると述べました。また、その学生たちが教師になった時にその教え子達に教えることでその教育が広がることに期待する思いを述べました。 長谷部学長は、リスク共生学の国際的な研究拠点であるIASからの研究成果を教育に活かす目的で都市科学部を2年前に設立したことを挙げ、多様な視点でのリスクを考慮した都市デザインの専門家を養成し始めていることや、全学部共通の科目の中でもリスク共生の講義を行い、教育者のみならず、あらゆる学部の学生にリスク共生の考え方を持った上で社会に貢献する人材の輩出を本学として進めていくと言う思いを述べました。
セミナー後は講師と参加者とのカジュアルな交流会を行い、議論の続きを多くの参加者が楽しんでいました。参加者アンケートでは「横国のセミナーはいつも面白い課題について話されるのでとても勉強になる」、「内容はとても良くて話に吸い込まれました」というような声を頂きました。会場からの活発な議論参加もあり、3回目の横国イブニングセミナーも盛況な中、無事終える事ができました。
参考Webサイト
・横浜国立大学 筆保研究室(気象学研究室) http://www.fudeyasu.ynu.ac.jp/ ・リアルタイム被害予測「cmap.dev (シーマップ)」 https://cmap.dev ・台風-ライフレンジャー天気 https://tenki.mopita.com/sp/typhoon/typhoonNomogram/